スティーブ・ジョブズが講演で引用した言葉、”Stay hungry, Stay Foolish”が書かれていた伝説の雑誌Whole Earth Catalogの編集者スチュワート・ブランドの『地球の論点-現実的な環境主義者のマニフェスト』(原題Whole Earth Discipline)の気候、エネルギー、気候工学に関する章を読んだので、それについて。
Whole Earth Catalogは60~70年代にヒッピーたちのバイブルであり、ブランドもまた産業やテクノロジーに反発する自然志向の環境保護論者でした。しかしこの本で気候変動への対抗策として挙げられているのは、都市化、遺伝子組み換え、原子力、気候工学など一般の環境保護論者がこぞって反対しているものだらけです。しかし彼は差し迫る気候変動のもたらす影響を前に、これらのテクノロジーの利点と問題点を厳正に天秤にかけてこれらを推進するべしと結論します。
エネルギーを例にとってみましょう。今多くの(特に日本の)環境保護論者の意見では、原子力から再生可能エネルギーへ移行すべきだという点で一致しているでしょう。『地球の論点』p.23~25のデータによると、今世界で使われている電力は約16テラワット。大気中の二酸化炭素濃度を気温上昇がティッピング・ポイントを超えない450ppmまでに抑えるためには、風力、太陽電池、太陽熱、地熱、バイオ燃料それぞれ2テラワットづつ2×5=10テラワット、原子力で3テラワットで合計13テラワットを非化石燃料で賄う必要があります。そのためには例えば「15%の利用効率を持った一〇〇平方メートルの太陽電池パネルを、毎秒一台、二五年間、休まずに作り続けなければならない」(p.24)など、莫大な規模のインフラを、短期間で作り上げなければなりません。そして13テラワットの発電に必要な面積はアメリカ1つ分です。原子炉はほかの設備と比較してごくわずかな場所しかとらないので無視すると、もし16テラワットの電力をすべて再生可能エネルギーで賄うなら、アメリカ1.6個分の土地を手放さなくてはなりません。
また原子力に関しても、その実情を視察、研究してから、かつて原子力に反対していたことを愚かだったと認め、現在は推進を主張しています。その理由として石炭火力発電の莫大な温室効果ガス、火力や再生可能エネルギーのフットプリント(景観上に残す足跡。これらは広大な面積を必要とする)、放射能の影響の過大評価、第四世代原子炉の開発などを挙げています。特にトリウム溶融塩炉を高く評価していて、ある論文を引用しそのメリットは「従来のように地中深い場所で稼働させる必要はなくなるし、濃縮過程も不要になるし、使用済み燃料の処理も不必要、再利用や廃棄物の貯留施設も不要だ。原子炉自身が、堅牢な埋葬容器になるのだから」(p.163~64)と書いています。
最終章では著者はノーベル化学賞受賞者で気候工学の推進者であるポール・クルッツェンの提唱する現在の地質年代(白亜紀とかジュラ紀みたいなもの)「アンスロポシーン(Anthropocene, 人類世)」を引用し、人間が大気や生態系に消えることのない変化をもたらした時代において、それを修復するための気候工学などの手段について論じています。そしてグリーン派がかつての共産主義者のように時代遅れになり忘れ去られないために、グリーンに科学とテクノロジーのブルーを混ぜた、ターコイズ派の活躍を期待しています。最後に印象的な結びの言葉を。
「エコロジーのバランスはきわめて大切だ。センチメンタルな感情で語るべきものではなく、科学の力を借りなければならない。自然というインフラの状況は、これまで成り行きに任されっぱなしだった。これからは、エンジニアの力を借りて、修復していかなければならない」(p.435)
理路整然としていて、まさに「現実的な環境主義者」が大きなヴィジョンに基づいて書いた、人間、産業も含めた地球の生態系の包括的なデザインといえる本でした。テクノロジーによる世界変革を夢見たかつてのヒッピー、ジョブズが心酔した人物の入魂の力作です。
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