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5月31日のCT検査

 今日は約3か月ぶりのCTによる検査があり、腫瘍は少し大きくなっていました。前回の3月初めのCTまではジェムザールという点滴の抗がん剤と、TS-1というカプセルの物を併用していましたが、白血球が減少してどちらも十分に使えませんでした。それでも約半年大きな変化は見られませんでしたが、3月のCTで腫瘍の増大が見られたため、TS-1のみを以前より多めに使うという方針になりました。しかしTS-1ではあまり効果がなかったことが分かったので、これからはジェムザールのみを多めに使い、それでも効果がなければ他の抗がん剤を併用することになる予定です。

 状況は以前より悪くなっていますが、約半年間病気を抑えていたのが主にジェムザールなら、それを増やせば治療の効果は期待できると思います。ジェムザールは白血球の減少が大きいので、これからはさらに白血球を増やせるような生活を心がけていこうと思います。それには精神面も大きな影響を及ぼすので、ブログを読んでくださる方に感謝しています。これからもよろしくお願いします。

 月曜が大学の学園祭のために休みなため、明日から3連休になります。大阪に太陽の塔を見に行く予定です。ブログの更新は、今度は月曜か火曜になると思います。

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数値で示すこと、身銭を切ること

 文学研究科の院生の時、指導教官が高校生の進路について文章を書くことになって、理系と文系の違いについて聞かれたことがあります。僕は物理学科から文学研究科に学士入学したという変わった経歴を持つので、他の学生とは違う意見が聞けると思われたのでしょう(指導教官も数学科出身です)。僕は即座に「定量化できるかどうか」と答え、「この点から、昔からずっと経済学部が文系になっているのがおかしいと思っていました」と言ったのを覚えています。

 定量化、すなわち対象の特性を具体的に数値化できるかどうかは、理系と文系を分ける最も明確な違いです。例えば建物を設計する場合、「コンクリートの柱は大きな力が加わると折れる」は定性的な知識ですが、これは理系にとっては必要ではありません。「成分が~が~%のコンクリートでできた、直径~cmの柱は圧力~パスカルが加わると~%の確率で折れる」という定量的データに基づかなければ設計はできません。

 そして気候変動対策が物理学や経済学に基づいている以上、それは定性的である必要があります。「温室効果ガスを削減するため紙コップの利用を控えよう」という文章はほとんど情報を含んでいません。「紙コップ1個の製造で二酸化炭素約15g、これに対してコップを水と洗剤で洗うと2.4gなので、使わないほうが12.6g少ないので控えよう」というのが必要とされる情報です(以下のサイトを参照にしました。http://d.hatena.ne.jp/muramototomoya/20070416/drink )

 情報を発信することは、経済面でも環境面でもタダではなく、時間も必要とされます。Mcafeeの調べによると、例えばメール一通送るのに必要とされる二酸化炭素は0.3gほどですが http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/04/20/23204.html )、一日に100通のメールとして0.03kg。また30wのノートPCを一日に5時間利用したとして0.15kwhで北陸電力の場合http://www.rikuden.co.jp/co2haisyutsu/、0.048kgに相当します。これにデータセンター等の消費電力もありますが、それを除くと合わせて1日に0.1kgに満たない量ですが二酸化炭素は排出されます。また1つのブログの記事を書くために、時には調べものや遂行などで数時間必要とします。

 これが僕がブログを始めるのを躊躇していた原因の一つです。自分が発信する情報が、そのために必要なエネルギーや時間以上の効果を持つだけの質があるかどうか。ありふれた価値のない情報を発信することで、本当に有用な上質な情報を埋もれさせてしまうことにならないか。それが不安なため、3月から自然エネルギーへの投資で温室効果ガスを削減するカーボンオフセットを始め、今日今まで航空機利用で排出した分の削減が終わりました。以下がその最後の分の証明書です。offset.jpg

 トータルで二酸化炭素換算で6,668kgを32,603円払って削減しました。ブログを書いていても、それが本当に役に立っているか不安でしたが、カーボンオフセットは国連の認証した自然エネルギーへの投資により、確実に数字で結果を出してくれます。これからは電気、ガスの利用によるものもオフセットしていくつもりです。

 「原子力発電反対、自然エネルギーを推進しよう」は多くの人が主張していますが、(僕はあらゆる状況に備えて、エネルギーの選択肢を制限しないために、原子力は安全性に注意を払って存続するべきだと思っています)、政府の対応の遅さを嘆くより、自ら率先して身銭を切るほうが建設的です。僕は今は病気のため休ませてもらっていますが、以前は他の大学の授業もやっていて、交通の便が悪いところなのでタクシーで通勤させてもらっていました。もしまたそこで授業ができるようになったら、自転車で通勤し、浮いたタクシー代は大学の低炭素化(太陽パネル設置など)に使ってもらえないか頼んでみようと思います。

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5月27日 乗鞍岳畳平と「君の知らない物語」

 大学でお世話になっている先生からのお誘いで、その先生の研究室の夏合宿に参加させてもらうことになりました。僕は工学研究科に所属していますが科学英語を教えているという変わった立場のため、自分の研究室の学生はいません。普段学生たちとの交流が飲み会ぐらいなので、とてもうれしいです。場所は大学が所有する山頂のロッジで、星が美しく見えることで有名な場所で、近くに口径80cmの大型望遠鏡もあります。本当に楽しみです。

 夏になると大学の天文サークルのことをよく思い出します。僕の母校の他にいくつかの女子大の学生も所属している比較的大きなサークルで、本格的に天文写真をやっている人から単に星が好きな人まで、いろいろな人が参加していました。定期的に山奥の小学校で観望会をやるほかに、夏になると銀閣寺近くの疎水に蛍を見に行ったり、何人かのグループで望遠鏡のあるペンションに小旅行に行ったりしましたが、最大のイベントは長野県の乗鞍岳山頂の畳平駐車場(天文ファンの聖地)での観望のための夏合宿です。夜は恐ろしくなるぐらいの星空を眺め、望遠鏡をのぞき、昼はピクニックに行ったり、近くの天文台を訪ねたり、テニスをしたり昼寝をしたり。

 もう20年は経つのですが、あの時サークルの友人たちと見た星空のことは忘れられません。最近supercellという日本のミュージシャンの「君の知らない物語」という曲を聴いて、その当時のことを思い出しました。この曲は天文サークルに在籍していたことのある人にとっては、胸が苦しくなり床の上をゴロゴロ転げまわるぐらいの切なさにあふれています。全国の天文サークルの女子学生諸君、これを練習してサークルの「星が出てくる曲縛りカラオケ」(よくやってました)で歌えば、今年の夏のヒロインは君だm9(`・ω・´)。

君の知らない物語君の知らない物語
(2009/08/12)
supercell

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モテ・非モテと環境活動 2

 環境のみならず社会活動のイメージは活動自体よりも、むしろどのような人がそれを行っているか、が決める部分が結構大きいのではないでしょうか。例えば、さわやかで健康的、行動的な人が現実社会で行動を起こしている場合、「責任感のある真面目な人」と好感をもたれ、その人の活動を支援したくなるだろうし、逆にただ不平を言っているだけでそれを変えるための活動を行っていない人は、たとえ正論を言っていたとしても敬遠され、その主張自体に不信感を与えることになります(以前の僕のように)。

 「正論」はそれを言う人によってかっこよくも聞こえるし、痛々しくもなります。例えば「温室効果ガスを多く排出する大型高級自動車は乗るべきではない」はもちろん正論です。しかしこれを、高級自動車を買える収入がない人が言った場合と、買えるけどあえて小型のエコカー、あるいは自転車に乗って浮いた分を再生可能エネルギーへの投資に回している人が言った場合では、どちらが説得力があるかは明白でしょう。

 よって気候変動対策の戦略として、そのための行動を行う人が周囲から「かっこいい」と思われるようになる必要があると思います。状況が厳しくても、具体的、現実的(ここ重要)で希望のある肯定的な未来のヴィジョンを提示し、そのための行動を行うこと(例えば温室効果ガスの増大を防ぐため航空機があまり使えなくなっても、若者の他の世界、文化を知りたいという欲求を否定することはできません。それより一回の渡航で長期間海外にいても進学、就職に不利にならないように学校や社会の制度を変えるということで、その欲求を満たせるようにするほうが建設的です)。自分の行動で直接結果を出せないことに対しては、専門家の活動を支援すること(ネットで原子力発電を批判している人の何パーセントが、再生可能エネルギーのためにお金を払っているのでしょうか?)。クリーンで健康的なイメージも重要です。若い人たちが自分たちのロールモデルにしたいと思うような、かっこいい大人が環境活動を行っていれば、彼らも後に続くでしょう。

P.S. いろいろ書きましたけど、僕にとっては結局「萌え」≫「モテ」なんですけどね。

モテ・非モテと環境活動 1

 4月に大学のキャンパスを歩いていると、春の風物詩としてサークル勧誘を毎年目にします。新入生がたくさんの勧誘のビラを抱えているのを見ると、京都に来たばかりの大学1回生の時のことを思い出します。森見登美彦の『四畳半神話体系』からもわかるように、入学時どのサークルを選ぶかはキャンパスライフを大きく左右する要素の一つであり、この作品の主人公は「黒髪の乙女」との「薔薇色のキャンパスライフ」を夢見て、並行世界の中で様々なサークルに入りますが、悪友の妨害によって挫折を繰り返します。

 今年の春にこういった光景を見ているとき、素朴な疑問が湧いてきました。大学の環境サークルに入るとモテるのでしょうか?また、社会において、地球環境の保全のための活動をするということは、モテにつながるのでしょうか?

 これは軽薄なようですが、特に若い人にとって「モテ」か「非モテ」か、または「かっこいい」か「ダサい」かというのは非常に重要な価値基準であることを否定できる人はいないはずです。高校生、大学生がバンドを組んだり、人気のデザイナーの服を着たりすることは、「好きだから」とか「自己表現」とかいう理由ももちろんありますが、多くの場合は「モテたい」という素朴な欲求がその根底にあるだろうし、それはとても健全なことです。そして、消費社会では「モテ」と「儲け」が不可分に結びついている以上、経済と切り離すことのできない環境保全活動を行う上でも、モテは考慮に入れる必要があります。

 さっきの質問の答えは、おそらく「どちらでもない」でしょう。テニスサークルや軽音部のような音楽サークルのように、入っていることが積極的に「モテ」や「リア充」のイメージにつながる感じではないだろうし、かといってある種のサークルのように「非モテ」のイメージが付きまとう感じでもありません。社会においてもそう変わりはないでしょう。

夏のカジュアルは足元から涼しく

 クールビズについて2回ほど書きましたが、休日の夏のスタイルにとってとても役に立つものを見つけたので、今日はそれについて。NYのデザイナー、トム・ブラウンがショート丈のジャケットにくるぶしが見えるクロップトのパンツ、素足に上質なレザーシューズというスタイルを打ち出して以来、素足に革靴を履くことは石田純一風イタリアンスタイルのみならず、今主流のアメリカン・トラッドにおいても当然となってきました。

 しかし実際やってみると、高温多湿の日本では靴下なしだと蒸れてしまいます。だから見えないタイプの靴下がよく売れているのですが、あれは意外とずれやすく、また靴を脱いだ後の足がかなりマヌケに見えます。この素足履きしたいけどできない、というジレンマを解消できる商品を、よくお邪魔するセレクトショップで見つけました。

2013-05-25 150259

 靴の中に入っている中敷きは、Shoestripesというブランドの今治タオルを使ったもので、吸湿性と肌触りが抜群で、履いていてとても快適です。洗濯もできるので、夏には特に重宝します。また靴下と一緒に履いている靴を素足ではくと、サイズが少し大きく感じますが、中敷きがあるとちょうどよくなります。

 今治タオルを使っているため、値段は税込1890円と普通の中敷きより少し高いですが、きちんとしたドレスシューズを夏場でも素足で履けることを考えると、そう高くはないと思います。夏はショーツやクロップトのような丈の短いパンツが多くなりますが、それにスニーカーだと子供っぽくなります。リラックスしたパンツにはきちんとした靴を履いて、子供との差別化を図りましょう。

気候工学に対するある海外SF作家の見解


レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)
(1998/08)
キム・スタンリー ロビンスン

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 気候工学はしばしばSF的と評されますが、それでは当のSF作家は気候工学についてどのような意見を持っているのでしょうか。生態学や社会学に基づき、火星のテラフォーミングなどを題材としたリアリティのある未来世界を描いているアメリカのSF作家、キム・スタンリー・ロビンスンのEarth: Under Repair, Foreverというタイトルの論考を以下のサイトで読むことができます。http://www.onearth.org/article/under-repair-forever

内容の前半部を要約すると、以下のようになります。

・「気候工学(geoengineering)」という言葉は、人間は地球という巨大で複雑なものを操作できるという傲慢な含意があると攻撃されてきた。
・科学者のほとんどが、脱炭素化が最善の策だと思っているが、そのための政治的メカニズムや、それを行う意思すらも欠けている。
・多くの人は、気候工学はうまくいかず、悪影響が生じる可能性があると思っている。また解決策があるということで、現在の脱炭素化を遅らせるかもしれない。
・しかし私たちはすでに気候工学を行っている。湿地帯を乾燥させ、森林を伐採し、大気中の二酸化炭素量を増大させ、その結果気温を上昇させてきた、などなど。
・これから私たちは生態系に与えてきた損害を回復するため、気候工学を地球上の生物や未来の人間のために行う責任がある。
・実際に気候変動の悪影響を緩和できる気候工学を行うことは、政治的、物理的観点から考えて可能だろうか?答えはおそらくイエスである。

この後にはSRM, CDRの手法などの話が続きますが、ここでは省略します。

 ロビンスンの立場は、気候工学に賛成か反対かというより、もうすでに私たちはそれを行っているので、これからは「良い」気候工学を行うべきだと主張していると僕は解釈しました。文中に、”Whatever we do as a civilization of seven billion is inevitably going to have a geoengineering effect.” (12パラグラフ最後の文)とありますが、自分たちが与えている悪影響を無視して、例えば「神聖なる自然に人間ごときが手を加えていけない」と主張することは偽善的ですらあると僕は思います。

 日本のSF作家はこの問題についてどう思っているのでしょうか。国籍、宗教、性別、世代の違いによってさまざまな意見があると思います。何とか日本のSF作家にお願いして、アンケートやシンポジウムなどで多くの人の意見をいただけるといいのですが。

冷蔵庫の温室効果ガスの意外な事実

 ガリガリ君の美味しい季節になりました。いかがお過ごしでしょうか。僕は最近もう少しきちんと自炊をしようと思い、冷蔵庫を昔買ったワンドアのものから買い換えようと思って(決してガリガリ君を大量にストックするためではない)、冷蔵庫の消費電力と温室効果ガスを調べていたところ、意外な事実を知りました。

 冷蔵庫というと消費電力の大きい家電というイメージがあるので、数年前に引っ越しの際に買った(以前の部屋ではキッチンに備え付けだった)小さなワンドアのものを使っていました。小さければ当然消費電力は小さいと思っていたからです。しかし、最新の冷蔵庫の消費電力を調べていて、驚くべき事実に気づきました。以下が僕が使っていたワンドア、ある一人暮らし用冷蔵庫(118ℓ、省エネ型)、ある家族用大型冷蔵庫(552ℓ、省エネ型)の年間消費電力と、温室効果ガスの表です(以下のサイトを参考に、http://www.setsuden.net/memo/htm/memo03.html 1kwhで二酸化炭素0.33kgで計算しています)

ワンドア  180kwh/年 59.4kg/年
一人暮らし用 240kwh/年 79.2kg/年
家族用大型  260kwh/年 85.8kg/年

 3つのタイプの冷蔵庫で、消費電力や二酸化炭素排出量は大して変わりません。家族用大型を5人家族で利用すると、一人当たり二酸化炭素が年間17kgちょっとなので、日本人の一人当たり家庭排出量平均の100分の1程度になります。これは売れ筋の大型冷蔵庫は省エネ対策が進んでいるのに、一人向けはそれほどでもないことが理由のようです。

 一人暮らしの世帯にも、環境問題に関心のある人たちが多く含まれるはずです。技術やコストの問題もありますが、この件に関してはメーカーに改善を求める要望を送ることも考えています。とりあえず、僕は冷蔵庫の熱効率をよくするため、冷凍室にガリガリ君をいっぱい詰め込むことはやめようと思いました(´・ω・`)。

ジャケットと長袖シャツでクールビズ

 最高気温が30℃近くなり、半袖の人を目にすることが多くなってきました。政府がクールビズを提唱して以来、オフィスでは半袖シャツやポロシャツにネクタイなしの人が多くなっていますが、元々西洋の服飾の歴史ではシャツは下着とみなされてきたので、やはり何か物足りない印象を受けます。また半袖シャツは本来存在しなかったもの(シャツはジャケットの下に着るものであり、ジャケットの袖口からシャツのカフスが1cmほど見えていなければならない)で、何年かまではヨーロッパのシャツブランドでは半袖のドレスシャツはほとんど作っていなかったと思います(今でも少ないはずです)。

 設定温度が28℃でもエアコンが入っていれば夏向きのジャケットなら着られると思いますし、外に出るときは脱いで手に持てばいいでしょう。また長袖シャツも夏向きの素材の物を選んで、袖をロールアップすれば半袖と同じぐらい涼しいです。それでは、クールビズで着るべきジャケット、シャツはどんなものでしょうか。

 シャツジャケットと言われるタイプのジャケットが最近多く販売されています。以前はシャツジャケットとは、アメリカ海軍由来のCPOシャツのように、アウターとして着られるシャツのことを指していましたが、最近ではアンコンジャケット(unconstructed、芯地や裏地を省略した軽いジャケット)をシャツ生地で作ったものをさす場合が多いです。下の写真はイギリスのTraditional Weather Wearのマドラスチェックの生地を使ったジャケットです。ちょっと派手だけど、授業のない日や少人数の授業のみの日には仕事で着ています。2013-05-20 231607


シャツジャケットは夏に着るジャケットとして、以下の3つの利点があります。
1) シャツ生地であるため、軽量で涼しい。シャツを着ているのとほぼ変わらない。
2) 汗で汚れても、自宅で洗濯ができるものが多い。
3) 軽量で簡素な造りのため、製造で排出する温室効果ガスが少ない。

以前ジャケット一着の温室効果ガスは二酸化炭素約5.9kgと書きましたが(http://www.ecothink.jp/econumber/econumber37.php )、それは芯地や裏地を使った一般のジャケットのものであって、シャツジャケットはそれよりかなり少ないはずでおそらく半分以下ではないでしょうか。その程度なら購入しても温室効果ガスの増加は微々たるものです。

 また夏用の長袖シャツの素材としては、ポロシャツに使われる鹿の子や麻があります。どちらも通気性がよく、肌触りの良い素材です。麻100%は薄い色だと透けたり、濃い色だと光沢が出すぎたりするので、ビジネスに用いるなら綿との混紡の物がよいでしょう。下の写真は鹿の子でシャツを作った先駆者であるイタリアのGuy Roverの物。セールで40%offで買えました。2013-05-21 191127


 夏は着る機会は限られても、やはりジャケットと長袖のシャツは男の服装にとって不可欠なものです。普段はオフィスで着なくても、人と会ったり帰りに食事に行ったりするときに必要となることが多いでしょう。さらに最近のジャケットやシャツはクールマックスのような最新の冷感素材を使っているので、見た目よりずっと着心地は涼しいです。以前の重くて暑苦しいものではない、進化したジャケットや長袖シャツをクールビズに取り入れてみるのはどうでしょうか。

紙の本と電子ブックから生じる温室効果ガスの比較

 以前本1冊から生じる二酸化炭素は2kgほどと書きましたが、これは以下のサイトでのカーボンオフセットの例を参考に、1000円の本の場合どのぐらいになるかを計算した結果です。 http://tco2.com/app/bbc/home/CertificateDetail_doInit.action?ctk_cd=86674607&lc=ja_JP 原単位が2.04[gCO2/円]、価格が1000円なので、平均の排出量が約2040gとなります。この排出量は、本の生産と流通から排出される二酸化炭素の合計です。価格が500円の文庫本なら、その半分の約1kgになります。

 例えば、週に1000円のハードカバーを1冊、文庫本を2冊買う人の年間排出量は約200kg。これは平均燃費の自動車を1か月に3時間、一年間運転する、または東京から大阪まで1回片道で航空機を利用する(約220kg)よりも少ない量で、交通からの排出量に比べたら大した量ではありません。それでも、本からの温室効果ガスを削減したいなら電子ブックを利用することでそれが可能になります。

 電子ブックリーダーの製造によって排出される温室効果ガスは、New York Timesの記事によると約66ポンド(約30kg)http://www.nytimes.com/interactive/2010/04/04/opinion/04opchart.html?_r=0 です。電子ブックリーダーの消費電力は少なく、コンテンツのダウンロードで消費される電力もごくわずか(テキストのみなら一瞬で終わる)なので、それを無視して考えるとハードカバー15冊または文庫30冊で、製造の際に排出された二酸化炭素を相殺することができます。

 僕は入院の際に、点滴で片手がふさがっていても読めるようにKoboを購入しましたが、問題点が多いにも関わらず(ダウンロードできる書籍の少なさ、価格の高さなど)、著作権切れの青空文庫の本を無料で好きなだけ読めるなどそれなりに役に立っています。もちろん好きな本やいろいろと書き込む必要のあるものは紙の本で持っていますが、一度しか読まないもの、あるいは資料としてとりあえず持っておきたいものは電子ブックで十分と思います。紙の本と電子ブックは対立ではなく、用途によってすみ分けるような関係になるのではないでしょうか。

アクセサリーとしての文庫本

 今日で2クール目のTS-1による化学療法は終わり。副作用はほとんどありませんでした。これから2週間の旧約機関(厨二っぽくて割と気に入っている)ではなく休薬期間。それからCTの検査です。

 京都にいるときにはそれほどではなかったと思うのですが、最近電車に乗ると一両の中のすべての人が携帯をいじっているのを良く見かけます。僕が受験で京都に来て初めて地下鉄に乗ったとき、小学生ぐらいの子がユゴーの『ああ無情』(Arm Joeではない)の文庫を当たり前のように読んでいるのを見て、「これが1200年の都の文化レベルだ」と驚いたのを覚えていますが、最近では電車で活字を読んでいる大人も少なくなりました。中学生の時に電車の中でゲーム機をいじっていると、同行していた親に「みっともないからやめなさい」とか言われたものでしたが、今は大人が人前で堂々と携帯ゲームをしてるのが日常的な風景になりつつあります。また、夜に飲みに行こうとある店に入ったら、カウンターで中年男が4人並んでみんなうつむいて携帯をいじっているのが店に入る前に見えて、ちょっとした営業妨害だな、と思ったらお店の人も携帯をいじっているのを見て、結局入るのをやめたことがあります。

 別に人前で携帯をいじるのが悪いというわけではありませんが、いい年をした人間がずらっと並んで小さいおもちゃみたいなものをちまちま操作しているのはやはり異様な光景に見えます。今はお酒は飲めませんが、携帯禁止のバーがあったら(実際古くからある有名店などでは、暗黙の了解で禁止になっているところもあるみたいですが)、きっと通い詰めるでしょう。

 やはり、電車や喫茶店、バーなど人目のある場所で一人でいるときは、携帯ではなく文庫本を読むのが、その場の雰囲気を壊さない時間の過ごし方としてふさわしいでしょう。それでは、そのような時に読むのに適した本はどのようなものでしょうか。誰が言ったかは忘れましたが、「文庫本は数百円で買える最高のアクセサリー」という言葉を昔聞いたことがあります。自分の年齢、性別、雰囲気や服装、どの場所で読むかを考えて、表紙やタイトルも含めて本をコーディネートして読むことができれば、その本は読む人の魅力を増してくれるでしょう。例えば新海誠のアニメ映画『秒速5センチメートル』のワンシーン。田舎の駅で電車を待つ清冽な美しさを持つ女子高生(実写化するなら、桜庭ななみか山下リオが適役と言っている人がいました)が読んでいるのは、田舎町で変わった人たちと不思議な生活を送る少年の成長を詩的に描いたカポーティの『草の竪琴』。表紙も含めて、これ以上のチョイスは僕にはできません(次の動画の3分40秒ごろ http://www.youtube.com/watch?v=aAUi1NuOnJ0 )。

 では、表紙、タイトル、作家名、内容などから考えて、「人前でカバーをつけずに読みたい文庫本」を3冊ほど。これらは相手が読書家だったら、数十万円のエルメスやロレックスよりも効果的なアクセサリーです。

1.ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
(1998/11/20)
ミラン・クンデラ

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現代ヨーロッパを代表するチェコ出身の作家が描く、政治と愛の物語。帯をつけると、ちょうど表紙がトリコロールですね(クンデラは今はフランス在住)。

2.アーネスト・ヘミングウェイ『移動祝祭日』

移動祝祭日 (新潮文庫)移動祝祭日 (新潮文庫)
(2009/01/28)
アーネスト ヘミングウェイ

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表紙はパリのカフェの写真。ヘミングウェイがパリ修業時代を回顧したエッセイ。どちらかというと男性に似合う本です。

3.佐藤亜紀『バルダサールの遍歴』
バルタザールの遍歴 (文春文庫)バルタザールの遍歴 (文春文庫)
(2001/06)
佐藤 亜紀

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ウィーンを舞台にした、一つの体を共有する双子の退廃的な遍歴の物語。表紙のラテン語Et in Arcadia ego「我もまたアルカディアにあり」は有名な墓碑銘です。

 文庫本一冊の温室効果ガスはわずか(確か単行本で二酸化炭素2kgほどだから、その半分以下?)。読書は環境への負担が少ない娯楽です(一応環境系ブログなんで、とってつけたような説明)。

バタイユの思想とエネルギー問題 2

 そして、この蕩尽が最大規模で、最悪の形で現れるのが戦争です。バタイユは『至高性』の最後の章で「全世界を巨大な火薬庫に変えたこの前例のない蓄積を、戦争なしに使いつくすこと」(p.334)が重要と述べています。しかし、化石燃料によるエネルギーを過剰に使うことが問題となる現代では、先進国のライフスタイル(必要以上に大きな住宅、自動車や航空機の過剰な利用、工業製品の不必要な消費等)も戦争に匹敵する危険な蕩尽となります。

 しかし人間とは常に過剰なもの、生のエネルギーを持て余している存在であり、そのことを否定して倹約や自制を強要するような環境対策は人間のありように反するものです。人間、特に若い人たちは未知のもの、新しいもの、格好いいもの、美しいもの、気持ちのよいものを渇望し、そのために文化、芸術、科学、技術などを発展させてきました。そしてそれらを商品化し、流通させる経済もともに発展させてきました。これらを否定することは人間の歴史を否定することです。

 それならば、その人間が生まれながらに持つ過剰なエネルギーを、化石燃料をあまり利用しない活動に向け、それらを通じて経済活動を活発にすることが地球環境にとっても社会にとっても最善の道になるのではないでしょうか。前にファッションを環境負荷が少なく単価の高い消費財として、環境と経済の両立にとって重要なものと書きましたが、その観点からは芸術やスポーツといった活動は理想的です。文章を書く、絵を描くためには最低限鉛筆一本だけでよく、歌を歌う、ダンスで表現するなどは自分の体だけで事足ります。ボール一個と少しの設備があれば様々な球技ができるし、陸上などはシューズ一足あればできるものも多いでしょう。そして優れた芸術作品やアスリートのプレイを全世界に配信するのは、インターネットであまりエネルギーを用いずに瞬時に行うことができ、それらは高い商品価値を持ちます。

 そして芸術やスポーツは生の過剰なエネルギーを遊戯的に蕩尽し、それを通じて至高性を獲得するかもしれない活動でもあります。古代の王や君主のように、自らの命を惜しまず闘うことで至高性を獲得した人物はヒーローであり、民衆にとっての憧憬の対象でありました。現代の芸術家やスポーツ選手の役割はそれと同じでしょう。バタイユは芸術が王の持つ至高性を継承することについて論じていて、「至高な芸術は、可能なるものの極限に至る」(p.324)と書いています。過剰な富の蓄積と浪費を繰り返すことも至高性につながるかもしれませんが、ほとんどの場合それは自己顕示という有用性を帯びて至高性から最も遠いものへと堕落します。

 これより、化石燃料が今までほど使えない時代における社会の姿、価値観が見えてきたのではないでしょうか。今まで物質的生産と消費に費やされてきた、人間の持つ過剰なエネルギーを芸術やスポーツといった遊戯的、創造的なものに費やすこと。それは地球環境にとって有益であり、人間性の回復にもつながります。

 1960年代、映画『イージー・ライダー』でピーター・フォンダとデニス・ホッパーの乗るハーレー・ダビッドソンは自由と若者のエネルギーの象徴でした。21世紀、同じ道路の上で行き場のないエネルギーを輝かせる若者は、ハーレーではなくロードバイクのサドルにまたがっている、またはジョギングシューズを履いているのではないでしょうか。

バタイユの思想とエネルギー問題 1

 フランスの思想家、作家であるジョルジュ・バタイユと言えば、自らを聖人もしくは狂人と称し、神秘主義に傾倒して秘密結社「無頭人(アセファル)」を結成し、『マダム・エトワルダ』、『眼球譚』のような倒錯的な小説を書いた人物として知られています。その晩年の著作『至高性 呪われた部分-普遍経済論の試み 第3巻』(人文書院、湯浅博雄・中地義和・酒井健訳)において、バタイユは普遍経済学という独自の理論を展開します。

 バタイユは太陽がほぼ無限のエネルギーを放出しているという現代天文学の発見を基に、「地球上の生物にあっては、生産されたエネルギーの総量は生産に必要なエネルギーの素量をつねに上回っている。したがって余剰エネルギーが恒常的に存在している」(『バタイユ入門』ちくま新書、酒井健、p.210)という原則を立てます。これだけのエネルギーがあったからこそ、地球上の生命はここまで進化、発展できたわけです。それではこの余剰エネルギーはどう使われるのでしょうか。彼は「至高性」という概念を導入して説明します。

 バタイユは「至高性」という性質を「かつては首長とかファラオ、王、あるいは諸般の王と呼ばれた人々」(『至高性』p.8)の特性であるが、「本質的にはあらゆる人間に属している」(p.9)ものであり、「けっして有用性というものによって正当化されることのないようなかたちで諸可能性を享受すること」(p.10)と書いています。つまりそれは「一種の戯れ=賭け」(p.49)であり、未来のためではなしに物やエネルギーなどを蕩尽することで到達できる「有用性を超えた彼岸の領域」(p.10)にあるものです。例えばエジプトのピラミッドのような、多くの労働者の労働の蓄積で生まれた、現実的には役に立たない巨大建造物は至高性を獲得していると言えます。目的も実用性も持たないエネルギーの一瞬の輝き。若いときにバタイユと親交のあった岡本太郎の「爆発」に近いものではないでしょうか。
 
 至高性を持つ者の対極にあるのは奴隷であり、至高者と奴隷の間には「原則として、労働へと拘束されている人間は、それなしには生産活動が不可能になるような最低限の生産物を消費する。その逆に至高者は生産活動の超過分を消費するのである」(p.10)という関係が成り立ちます。マルクス経済学ではその超過分の一部が資本の蓄積に充てられ、生産規模が拡大していきますが、バタイユはその蕩尽される部分に注目したわけです。

  しかしこの至高性は、王のような特権階級のみに許されたものではありません。例えば労働者が一杯のワインを飲むという行為でさえ、それが「元気や体力を回復するため」(p.11)、つまり未来の生産活動のために飲むのではなければ「少なくとも一杯のワインはある短い瞬間、自分が世界を自由に取り扱っているという奇跡的な感覚をその労働者に与える」(p.12)ことになります。この蕩尽によって得られる「奇跡的な感覚」は至高性の基底にあるものとバタイユは論じています。

5月12日 二酸化炭素排出量1kgの小旅行

 今日は自転車と一緒に電車に乗れるえちぜん鉄道のサイクルトレインを利用して、福井県あわら温泉と東尋坊に小旅行に行ってきました。電車の温室効果ガス排出は1人が1km移動するごとに二酸化炭素19gで、僕の移動した距離は往復50km強なので、二酸化炭素約1kgを排出したことになります。これは平均的燃費の自動車を約10分運転するときの排出量とほぼ同じです。

 最近は休日に自転車に乗って写真を撮りに行くことが多いのですが、その時の自転車、カメラ、洋服の組み合わせはクロスバイク、ミラーレス一眼、クロップトパンツに機能的なジャケットまたはベーシックなアウターが最適と思います。ロードバイクはピチピチのレーサーパンツなど履くことになるので、途中でカフェなどで休憩の時に困るし、重い一眼レフをぶら下げて自転車に乗るのは疲れます。普通のテーラードジャケットやタイトなスラックスでは動きにくいうえに洋服に負担がかかります。今日は9分丈のコットンパンツ(A Vontade)と海風が強いのでマリンパーカ(Mighty Mac)という格好でした。

 交通費は一日乗車券(800円)と自転車持ち込み料金(200円)の合計1000円。これだけで沿線なら好きなだけ自転車で散策できます。11時半ごろに電車に乗って(自転車はゴムロープで座席の横に括り付けます)、12時前にあわら湯の町駅に到着。昼食は駅前の洋食屋で。実はここに「子ランチ」という裏メニュー(オムライス、エビフライ、ミートボール等の大人向けお子様ランチ)があると聞いたので、それを注文したかったのですが、家族連れでいっぱいの中で一人でそれを注文する勇気がなくて、普通のランチにしました(´・ω・`) 。ちなみに、「子ランチ」と聞いて最初に想像したのが、吉田戦車『伝染るんです』の子供が嫌いなコックが作った「子ランチ」。 http://www.mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/011/

温泉入る時間はなかったので、足湯が無料で入れると聞いて近くのホテルの玄関横に。僕以外はだれもいませんでした。IMGP0203s.jpg

あと、駅前に魯迅と、その恩師である解剖学教授藤野厳九郎の銅像が立っていました。IMGP0209s.jpg

その後、電車に乗って終着駅の三国港まで。IMGP0218s.jpg

日本海に沿って自転車で走って、がっかり名所として一部のマニアに有名な東尋坊タワーに行ってきました。IMGP0212s.jpg
(本当の東尋坊は、怪力を頼りに悪事の限りを尽くした僧で、こんなにかわいくないです)

威容を誇る東尋坊タワー(高さ55m)。IMGP0214s.jpg

入館料500円を払って展望台に上ると、すがすがしいくらいに何もありません。しかも、展望台からは東尋坊は入口の一部しか見れない。
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 まるで昭和40年代で時間が止まっているような東尋坊タワーを出て、ソフトクリームや海鮮丼が人気商品の食べ物屋、なぜかくまモングッズまで売ってた土産物屋(梅宮辰夫のたっちゃん漬けの店もあった)の並ぶ通りを抜けて東尋坊へ。想像していたより小さかった(小学生並みの感想)。いないはずの何かが映り込むといけないので、写真は撮りませんでした。

帰りはまた日本海を見ながらサイクリング。結構高低差があって、いい運動になりました。
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今度あわら温泉行くときは、絶対に「子ランチ」食べます(`・ω・´)。

P.S. 帰ってから写真を見ていて、日本海を写した写真に無数の鳥井のようなものがかすかに写っているのを見て、「気を付けていたのにやってしまった((((;゚Д゚))))」と思ったのですが、よく考えたら展望台から取ったので、ガラスの枠が映り込んでいただけでした。

5月10日

 今日は2週間ぶりに病院へ。肝臓の数値は以前とほぼ変わらず。白血球は3週間抗がん剤を飲んでいるのに、ほとんど変化ない(ひょっとすると増えてる?)ので、今飲んでいるTS-1は継続できそうです。これが効いているとよいのですが。

 CTの検査は3週間後。その結果を見て今後の治療を考えるそうです。足湯に免疫力を高める効果があると聞いたので、フットバスを買いました。まだ使っていないけど、気持ちよさそう。
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明後日は体調が良ければ、サイクルトレイン(自転車を電車に乗せられる)を利用して、温泉地と日本海の名所を回って写真撮ってきます。愛用している自転車はルイガノのクロスバイク TR-3で、カメラはミラーレス一眼のペンタックスQです。

本当にクールなクールビズとは

 早いところではもうクールビズが始まっていて、街に出るとネクタイを外したビジネスマンを多く見かけます。多くの人はただネクタイを外したり、真夏になっても半袖シャツにしたりというだけだと思います。しかし、本来スーツやドレスシャツはネクタイをすることを前提にして作られているので、それを外しただけではバランスが悪かったり、顔周りにポイントとなるものがなくて間の抜けた印象になりがちです。かといって、数年前から見かけるようになった、首回りに派手な色のステッチや生地の切り替えがなされたシャツは野暮の極みです。ではいったい何を着ればいいのでしょうか。

 人間が感じる温度は、実際の温度だけでなく心理的なものの影響も受けます(例えば部屋の色によって最大3度ほど違うそうです http://www.medisere.org/glossary/color.html)。自分や周囲の服装の与える印象が涼しければ、感じる温度も低くなります。それならば、どのような服装が体感温度的にも見た目にもクールと言えるのでしょうか。ただ、「ジャケットを脱いだ」、「ネクタイを外した」という引き算の発想だけでは、暑かったから仕方なくそうしているという暑苦しい印象を受けます。もっと積極的に涼しさを演出する足し算の発想がクールビズには必要と思います。

 例えばネクタイなしで着るシャツはボタンダウンが定番ですが、襟が白のクレリックシャツやラウンドカラーなどが首回りのポイントとして涼しげな印象を与えます。また、ネクタイをするならニットタイやリネンの物が季節感があっていいでしょう。小物を夏らしいものにすることも大事です。ドレスコードが許せば、ジャケットやパンツを涼しいものにしてもいいでしょう。以下に取り入れやすいものから順番に挙げていきます。

1.ニットタイ
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シルクやコットンのニットタイは夏物のジャケットやシャツによく合います。コットンの物なら、日本製でもかなり安くて良いものが手に入ります。

2.メッシュベルト、リボンベルト
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夏は特に2cm幅程度の細めのものがおすすめ。少し長めを選んで先を垂らすのがいいでしょう。

3.スエードシューズ
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写真はホワイトバックスと呼ばれる白の物ですが、ベージュや茶色ならスーツにもよく似合います。スエード靴は最近では年間を通して履かれるようになりました。

4.サマージャケット(麻、シアサッカー、マドラスチェック)
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写真はブルーと白のシアサッカーストライプです。淡い色のジャケットは濃色のネクタイを締めるか、濃色のポロシャツや大柄のチェックシャツをインナーにすればいいでしょう。最近は家庭で洗濯できるものも増えています。

5.クロップト・パンツ
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若い人のトレンドと思われがちですが、靴下が少し見えるぐらいの9分丈なら職場によってはビジネスでも使えるでしょう。丈が短い分涼しいです。

 職場が大学の工学部ということもあり、服装はかなり自由なため世間一般のクールビズの基準がわからずに書いていますが、小物ぐらいならありなんじゃないでしょうか。前にも書きましたが、洋服は温室効果ガスの排出が少なく、しかも高価なもの(先進国で手作業が多いもの)ほど少なくなるという、環境と経済を両立させるのに適した消費物です。しかも上質な日本製の物を買えば、日本の産業にも貢献できます。「~を着ない」、「~を買わない」ではない「攻め」のクールビズで、おそらく猛暑になる今年の夏を乗り切りましょう。

2013年4月の北極海氷体積

 ワシントン大PIOMASによる、2013年4月の北極海氷体積予想値のデータが公開されました。http://neven1.typepad.com/blog/2013/05/piomas-may-2013.html piomas2013may.png

赤い線が今年の体積です。2月から3月にかけて回復していましたが、それは長く続かず、現在は去年よりわずかに少ない量で推移しています。海氷の厚さも去年とほぼ同程度です。去年と状況が同じなら、最小値を更新する可能性は大いにあるでしょう。

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 また、上の3つの図(Arctic Sea Ice Blog 、http://neven1.typepad.com/blog/2013/04/20122013-winter-analysis.html より)、の右二つ、2012年3月と2013年3月の氷の厚さを比べてみると、毎年海氷の融解が始まるアラスカ沖あたりに今年は厚い氷が無いのがわかります。この状態なら、7月上旬あたりの早い時期に海氷面積が急減する可能性があるのではないでしょうか。

5月4日

 今日は午前中、近くのJRの駅前で変装し潜伏中の能力者エスパー○○(ポスターのシルエットからすぐわかる)を発見した人に抽選で商品券が当たるというイベントをやっていたので、潜伏先や変装を推理して気合を入れて臨みました。けどエスパー伊東は大して変装もせずに、普通に商店街を歩いていました。抽選は残念ながらはずれ。誕生日というのに、何をやっているんだか。

 その後、躑躅が有名な公園に写真を撮りに(つつじって漢字で書くと鏡花の『龍潭譚』を思い出す)。きれいだったけど、人と屋台が多すぎて早めに帰ってきました。IMGP0193s.jpg
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41冊の本

 今日41歳の誕生日を迎えました。天才バカボンのパパと同い年です(♪41歳の春だから~)。自分の生涯を振り返ると、やはり「読む」という行為がその中心にあり、自分の人格に大きな影響を与えてきたと思います。ここで、思いつく順に41冊の本を並べたいと思います。これは「ベスト」でも、「影響を受けた」でもなく、ただ単に思いつく順にあげていくだけで、中には読みかけのものも含みます。漫画や連作の物は全部で1冊とし、本でなくても「読んだ」ものも入れています。

須貝猛敏他『ロイヤル英文法』、谷口ジロー作、久住昌之画『孤独のグルメ』、池波正太郎『男の作法』
池澤夏樹『スティル・ライフ』、湯川秀樹『旅人』、ガルシア・マルケス『百年の孤独』、トマス・ピンチョン『V.』
ダグラス・ホフスタッター『ゲーデル、エッシャー、バッハ』、九後汰一郎『ゲージ場の量子論』
中井英夫『虚無への供物』、ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』、アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』
J.P.ホーガン『星を継ぐ者』、野尻抱介『太陽の簒奪者』、三津田信三『首なしの如く祟るもの』
ジョルジュ・バタイユ『至高性』、ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』
スコット・シューマン『ザ・サルトリアリスト』、POPEYE 2012年6月 リニューアル第一号、鷲田清一『モードの迷宮』
バッキ―井上『京都店特選 たとえあなたが行かなくても店の明かりは灯っている』 ここまでで21冊。

アルベルト・マングェル他『世界文学に見る架空地名大辞典』、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』
チェーザレ・パヴェーゼ『月とかがり火』、J.M.G.ル・クレジオ『黄金探索者』、レイモン・ルーセル『文体演習』
フェルナンド・ペソア『ポルトガルの海』、ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』、泉鏡花『草迷宮』
三島由紀夫『憂国』、田中芳樹『銀河英雄伝説』、吉田秋生『バナナフィッシュ』、佐藤健寿『奇界遺産』
デニス・メドウズ他『成長の限界』、ジェレミー・リフキン『エントロピーの法則』、浅野正二『大気放射学の基礎』

あと5冊 『宮沢賢治童話全集』、小松左京『さよならジュピター』、VIXEN 星座早見(本じゃないけど)
藤子・F・不二雄『ドラえもん』、あと1冊はあえて伏せておきます(本当は『ドラえもん』が出てしまうと、次に何も書けなくなった)。

衣料品消費からの温室効果ガスの試算

 個人が排出する温室効果ガスのうち、自動車や電気の利用からのものはよく話題にされ、様々な削減方法が提案され効果を上げています。また食品からのものもフードマイレージ(食品の輸送から生じる温室効果ガス)を減らすための地産地消が奨励されています。しかし衣料品については、それから生じる温室効果ガスはあまり話題になりません。一人あたりの衣料品消費から排出される温室効果ガスは、以下のサイトによると二酸化炭素換算で年間約190kgほどのようです。http://d.hatena.ne.jp/muramototomoya/searchdiary?word=%2A%5BLCA%5D 食品からのものの半分近くであり、僕が想像していたより意外に多いようです。

 これを削減するための方法は、エネルギー効率の悪い海外(中国など)の衣料品を使い捨てにするのをやめて、日本製の物を大事に長く使うという消費スタイルに転換するのが一番だと思います。以前ジャケット1着を作るのに温室効果ガスが約5.9kg排出されると書きましたが、これを日本製と考え、中国製との比較を考えてみます。

 日本と中国の単位GDP当たりのエネルギー効率は、「レコードチャイナ」の記事によると日本が中国の7倍だそうです。http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=64414 つまり、同じ価格の物を製造するのに中国は日本の7倍のエネルギーを必要とします。ここで簡便のため、日本製のジャケットを価格4万円、二酸化炭素6kgとします。この7倍という数字が直接二酸化炭素排出に比例するわけではありませんが、ここではそのように仮定し、中国製のジャケットを価格1万円、二酸化炭素排出量は6*7/4=10.5kgとします。

 さらに、中国で製造すると日本まで輸送するための二酸化炭素を加算する必要があります。上海から東京へ運ぶと仮定して、以下のサイト NYK group CO2 e-calculator http://www.nykgroup-e-calculator.com/ で計算すると、荷物1tあたり二酸化炭素約35kg、ジャケット一着は大体5~600g、ハンガーや段ボール、ビニールなども含めて1kgとすると、1着当たり0.035kgで意外と少ないです(陸上でのトラック輸送は省略)。よって輸送にかかわる温室効果ガスは省略することにします。

 これより、あくまでも試算ですが、中国製のジャケットは日本製のジャケットの1.75倍の温室効果ガスを排出することになります。さらに耐用年数を日本製が中国製の2倍、例えば中国製は2年に1度買い換えるのに対し、日本製を4年に1度とすると、その差は3.5倍と圧倒的に日本製のほうが温室効果ガスは少なくなります。

 上質なものを大切にして長く使うことは、日本で古くから受け継がれてきた価値観で、イギリスのようなほかのヨーロッパ諸国とも共有しているものです。アメリカの大量生産、大量消費スタイルは、エネルギーが自由に使えると思い込んでいた20世紀のほんの数十年に発達した、歴史的に見ても異常なもので、もう時代遅れです。高度経済成長と大量消費から卒業した成熟した消費者である日本人は、賢い消費者としての手本を世界に示すべきです。
プロフィール

大熊座から来た男

Author:大熊座から来た男
HNは池澤夏樹『スティル・ライフ』より。
ブログ名は、ツンデレ美少女風に読んでください。
CV:今井麻美、斎藤千和推奨。

膵腺房細胞癌という非常に珍しい病気と闘いながら、気候変動(特に北極圏問題)や気候工学(ジオエンジニアリング)について学んだ情報を発信していきます(体調不良のため、最近は闘病ブログになりつつあります)。気候学は独学で勉強中なので、いろいろとご指摘お願いします。

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