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LCAについての講演会に行ってきました

 今日は午前中、僕の勤めている大学で開催された、同じ県の工業大学の先生によるLCA (Life Cycle Assessment、製品やサービスの環境負荷の評価)の講演会に行ってきました。会場の講義室が、僕が授業でよく使う講義室の向かいにある同じ形状の部屋だったため、いつもとは逆の視点から講義室を見ることになり、ちょっと不思議な気分でした。数十人ほどの人が参加していて(大部分は60歳以上みたいでしたが)、講演後の質疑応答も活気がありました。

 キーワードになるのはやはり「定量化」という言葉でした。僕も以前に書いたとおり、環境への負荷を減らすにはその行為のメリットとデメリットを定量化することが不可欠です。講演では例えばレジ袋とエコバッグを例にとり、レジ袋1枚の製造で26.0g、エコバッグ1枚では854.0gの二酸化炭素が発生するので、エコバッグは854/26≒33回以上使って初めて環境負荷を減らすことができるというように、具体例をあげて詳しく説明されていて、参考になりました。

 しかし疑問に思った点もあります。講演では雨水の活用を勧められていて、雨水を集める装置の製作に約14.7kg、1年間に削減できる水道水からの二酸化炭素約1.05kgと計算されていましたが、年に約1kgというのは水道水活用のための労力(装置を作る、雨水のうち利用できない部分を捨てる、雨水を輸送するなど)で得られる成果としてあまりにも少なすぎます。日本人が家庭(自動車からも含む)から排出している年2,200kgと比較すると、誤差の範囲でしょう。また二酸化炭素1kgは平均的燃費の自動車を10分ほど運転した場合の排出量と同じです。先生は雨水利用には災害時の備えのためなど、温室効果ガス削減以外の利点があるとおっしゃっていましたが、LCA的な利点よりそちらのほうを強調されたほうがよかったように思えます。

 講演終了後、先生のもとにあいさつに伺い、航空温室効果ガスについて大学や学会、NPOに送っている資料を受け取っていただきました。どうもありがとうございます。僕は今まで大学や学会での自分の立場を考えて、この問題について広めることは少しセーブしてきました。学会出席のため飛行機が使えなくなることに反発する大学教職員は多いはずだからです(事実、黙殺だけならまだしもいやな目にあったこともあります)。しかしもう医師から余命を宣告されている身(むろん、その通りに死ぬつもりは全くありませんが)。怖いものは何もありません。これからは大学の航空排出についても、遠慮なく問題を提起していくつもりです。

( ゚Д゚)< 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ~ポイズン~♪

"POISON~言いたい事も言えないこんな世の中は~/If you love me,don’t for"
(1998/07/29)
反町隆史

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「1円玉を拾う行為」と温室効果ガス削減

 最近ネットで見つけて面白かった話題の一つに、「道に落ちている1円玉を拾う行為は、1円分以上のエネルギーを消費するので割に合わない」というものがあります。たとえエネルギー(人間の運動エネルギーと、消費カロリー)的に考えて拾うほうが合理的であったとしても、これを継続して行えば足腰への大きな負担となるので、やはり割に合いません。もし1円玉が何千枚もまき散らされた部屋で、これをかがんで1個ずつ拾って、拾った分だけ給料になるというアルバイトがあったとしても、ほとんどの人は1時間以内に根をあげるでしょう。

 温室効果ガスの削減を考えるときも、それに必要とされるエネルギー、資源、時間、金額を定量的に評価しないと、これと同じことになりかねません。ただ時間の無駄になるだけならまだしも、例えば「自動車を使って遠くまでエコバッグを買いに行く」というのはむしろ環境へ悪影響を与えています。このようなできの悪いジョークのようなことをやって、しかもそれを他人に勧めているという人は、おそらく自分の「エコ活動」について計算をしたことがないのでしょう。

 僕が以前に出席したある会議では、環境への配慮ということで参加者への飲み物が紙コップではなく、ガラスのコップで出されていました。一見これは紙コップ製造で出る温室効果ガスの削減のために合理的な行為と思えます。しかし、その効果はどのぐらいでしょうか?

 紙コップのLCA(Life Cycle Assessment)を行った東京大学安井研究室の資料によると、生産から廃棄までに排出される二酸化炭素は99.34g、以前このブログで取り上げたサイト http://d.hatena.ne.jp/muramototomoya/20070416/drink によると、コップ1個を洗剤で洗うと2.4gの二酸化炭素が放出されます。よって、ある会議で100個の紙コップをガラスコップにすることにより、約9.7kgの二酸化炭素が削減されます。これはコップの生産や運搬に関係する二酸化炭素を計算から除外した場合で、例えばコップを割ってしまうとその生産のための二酸化炭素分、削減量は少なくなります。

 しかしガラスコップに替えると、それを洗うための労力が必要とされます。コップ1個を洗うのに20秒、洗い終える前と後には、コップを並べるなどの手間がかかるため、100個で1時間かかると仮定します。コップを洗うために時給1000円のアルバイトを1人雇うと、ちょうど1000円かかることになります。つまり、紙コップをガラスコップに替えるといういうやり方では、たった9.7kgの二酸化炭素を削減するのに1000円もかかるわけです。カーボンオフセットの相場は1tあたり大体5000円なので、1000円払えば200kgは削減してくれます。

 こういった非効率的な行為でも、やらないよりはましだろうという反論が出そうですが、僕はそうは思いません。人間は生活の中のあらゆることに、最大限の環境への配慮を払って生活できるわけではありません。それならば同じだけの手間や時間がかかるものの中で、最大限の効果があるものを優先すべきです。例えば100人が出席する会議で誰か1人、会議への移動の東京―大阪間を航空機から新幹線に替えるだけで、430kgの二酸化炭素を削減できます。これは約44回の会議で100人の紙コップをガラスコップに替えることに相当します。このような効率的な対策をなおざりにして些細なことのみをやって環境に配慮しているとアピールするのは、グリーンウォッシュ、つまり環境偽装の一種ではないのでしょうか。

 環境に関する標語?の中で、僕が2番目に嫌いなのは「できることからコツコツと」です。これは皮肉っぽく言い換えると、「自分の懐が痛まず、あまり時間もかからない範囲で、どのぐらい効果はあるかわからないけど何もしないよりはましだろう」となります。ネット上の情報を使えば、自分のしている行為がどのぐらい効率的かは簡単に計算することができます。その行為が「1円を拾う」ことと同じか、またはそれ以下(やればやるほど環境に悪影響)なら、何もしないほうがましでしょう。

数値で示すこと、身銭を切ること

 文学研究科の院生の時、指導教官が高校生の進路について文章を書くことになって、理系と文系の違いについて聞かれたことがあります。僕は物理学科から文学研究科に学士入学したという変わった経歴を持つので、他の学生とは違う意見が聞けると思われたのでしょう(指導教官も数学科出身です)。僕は即座に「定量化できるかどうか」と答え、「この点から、昔からずっと経済学部が文系になっているのがおかしいと思っていました」と言ったのを覚えています。

 定量化、すなわち対象の特性を具体的に数値化できるかどうかは、理系と文系を分ける最も明確な違いです。例えば建物を設計する場合、「コンクリートの柱は大きな力が加わると折れる」は定性的な知識ですが、これは理系にとっては必要ではありません。「成分が~が~%のコンクリートでできた、直径~cmの柱は圧力~パスカルが加わると~%の確率で折れる」という定量的データに基づかなければ設計はできません。

 そして気候変動対策が物理学や経済学に基づいている以上、それは定性的である必要があります。「温室効果ガスを削減するため紙コップの利用を控えよう」という文章はほとんど情報を含んでいません。「紙コップ1個の製造で二酸化炭素約15g、これに対してコップを水と洗剤で洗うと2.4gなので、使わないほうが12.6g少ないので控えよう」というのが必要とされる情報です(以下のサイトを参照にしました。http://d.hatena.ne.jp/muramototomoya/20070416/drink )

 情報を発信することは、経済面でも環境面でもタダではなく、時間も必要とされます。Mcafeeの調べによると、例えばメール一通送るのに必要とされる二酸化炭素は0.3gほどですが http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/04/20/23204.html )、一日に100通のメールとして0.03kg。また30wのノートPCを一日に5時間利用したとして0.15kwhで北陸電力の場合http://www.rikuden.co.jp/co2haisyutsu/、0.048kgに相当します。これにデータセンター等の消費電力もありますが、それを除くと合わせて1日に0.1kgに満たない量ですが二酸化炭素は排出されます。また1つのブログの記事を書くために、時には調べものや遂行などで数時間必要とします。

 これが僕がブログを始めるのを躊躇していた原因の一つです。自分が発信する情報が、そのために必要なエネルギーや時間以上の効果を持つだけの質があるかどうか。ありふれた価値のない情報を発信することで、本当に有用な上質な情報を埋もれさせてしまうことにならないか。それが不安なため、3月から自然エネルギーへの投資で温室効果ガスを削減するカーボンオフセットを始め、今日今まで航空機利用で排出した分の削減が終わりました。以下がその最後の分の証明書です。offset.jpg

 トータルで二酸化炭素換算で6,668kgを32,603円払って削減しました。ブログを書いていても、それが本当に役に立っているか不安でしたが、カーボンオフセットは国連の認証した自然エネルギーへの投資により、確実に数字で結果を出してくれます。これからは電気、ガスの利用によるものもオフセットしていくつもりです。

 「原子力発電反対、自然エネルギーを推進しよう」は多くの人が主張していますが、(僕はあらゆる状況に備えて、エネルギーの選択肢を制限しないために、原子力は安全性に注意を払って存続するべきだと思っています)、政府の対応の遅さを嘆くより、自ら率先して身銭を切るほうが建設的です。僕は今は病気のため休ませてもらっていますが、以前は他の大学の授業もやっていて、交通の便が悪いところなのでタクシーで通勤させてもらっていました。もしまたそこで授業ができるようになったら、自転車で通勤し、浮いたタクシー代は大学の低炭素化(太陽パネル設置など)に使ってもらえないか頼んでみようと思います。

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モテ・非モテと環境活動 2

 環境のみならず社会活動のイメージは活動自体よりも、むしろどのような人がそれを行っているか、が決める部分が結構大きいのではないでしょうか。例えば、さわやかで健康的、行動的な人が現実社会で行動を起こしている場合、「責任感のある真面目な人」と好感をもたれ、その人の活動を支援したくなるだろうし、逆にただ不平を言っているだけでそれを変えるための活動を行っていない人は、たとえ正論を言っていたとしても敬遠され、その主張自体に不信感を与えることになります(以前の僕のように)。

 「正論」はそれを言う人によってかっこよくも聞こえるし、痛々しくもなります。例えば「温室効果ガスを多く排出する大型高級自動車は乗るべきではない」はもちろん正論です。しかしこれを、高級自動車を買える収入がない人が言った場合と、買えるけどあえて小型のエコカー、あるいは自転車に乗って浮いた分を再生可能エネルギーへの投資に回している人が言った場合では、どちらが説得力があるかは明白でしょう。

 よって気候変動対策の戦略として、そのための行動を行う人が周囲から「かっこいい」と思われるようになる必要があると思います。状況が厳しくても、具体的、現実的(ここ重要)で希望のある肯定的な未来のヴィジョンを提示し、そのための行動を行うこと(例えば温室効果ガスの増大を防ぐため航空機があまり使えなくなっても、若者の他の世界、文化を知りたいという欲求を否定することはできません。それより一回の渡航で長期間海外にいても進学、就職に不利にならないように学校や社会の制度を変えるということで、その欲求を満たせるようにするほうが建設的です)。自分の行動で直接結果を出せないことに対しては、専門家の活動を支援すること(ネットで原子力発電を批判している人の何パーセントが、再生可能エネルギーのためにお金を払っているのでしょうか?)。クリーンで健康的なイメージも重要です。若い人たちが自分たちのロールモデルにしたいと思うような、かっこいい大人が環境活動を行っていれば、彼らも後に続くでしょう。

P.S. いろいろ書きましたけど、僕にとっては結局「萌え」≫「モテ」なんですけどね。

モテ・非モテと環境活動 1

 4月に大学のキャンパスを歩いていると、春の風物詩としてサークル勧誘を毎年目にします。新入生がたくさんの勧誘のビラを抱えているのを見ると、京都に来たばかりの大学1回生の時のことを思い出します。森見登美彦の『四畳半神話体系』からもわかるように、入学時どのサークルを選ぶかはキャンパスライフを大きく左右する要素の一つであり、この作品の主人公は「黒髪の乙女」との「薔薇色のキャンパスライフ」を夢見て、並行世界の中で様々なサークルに入りますが、悪友の妨害によって挫折を繰り返します。

 今年の春にこういった光景を見ているとき、素朴な疑問が湧いてきました。大学の環境サークルに入るとモテるのでしょうか?また、社会において、地球環境の保全のための活動をするということは、モテにつながるのでしょうか?

 これは軽薄なようですが、特に若い人にとって「モテ」か「非モテ」か、または「かっこいい」か「ダサい」かというのは非常に重要な価値基準であることを否定できる人はいないはずです。高校生、大学生がバンドを組んだり、人気のデザイナーの服を着たりすることは、「好きだから」とか「自己表現」とかいう理由ももちろんありますが、多くの場合は「モテたい」という素朴な欲求がその根底にあるだろうし、それはとても健全なことです。そして、消費社会では「モテ」と「儲け」が不可分に結びついている以上、経済と切り離すことのできない環境保全活動を行う上でも、モテは考慮に入れる必要があります。

 さっきの質問の答えは、おそらく「どちらでもない」でしょう。テニスサークルや軽音部のような音楽サークルのように、入っていることが積極的に「モテ」や「リア充」のイメージにつながる感じではないだろうし、かといってある種のサークルのように「非モテ」のイメージが付きまとう感じでもありません。社会においてもそう変わりはないでしょう。
プロフィール

大熊座から来た男

Author:大熊座から来た男
HNは池澤夏樹『スティル・ライフ』より。
ブログ名は、ツンデレ美少女風に読んでください。
CV:今井麻美、斎藤千和推奨。

膵腺房細胞癌という非常に珍しい病気と闘いながら、気候変動(特に北極圏問題)や気候工学(ジオエンジニアリング)について学んだ情報を発信していきます(体調不良のため、最近は闘病ブログになりつつあります)。気候学は独学で勉強中なので、いろいろとご指摘お願いします。

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